単身でチェコに移住!人生を変えたくて海外に挑戦!

Ahoj!maminka!

ヨーロッパのチェコ共和国と聞いて、正確に位置を言える人は少ないのではと思います。当の私もそうでした。中学校では、チェコスロヴァキアで習いましたし、東ヨーロッパだったかなぁぁ。。。と考えてしまうくらいの、あやふやな記憶の国でした。こんなチェコに結果として住み着いてしまった私ですが、最初は何もないゼロからの出発でした。あるのは、変な自信だけでした。

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移住するきっかけ

日本での仕事を辞めたのは、30歳になる年の春でした。正に、30歳という節目に、自分の人生を変えてみたいと思ったのが理由です。今まで働いて貯めたお金を資金に、自分に投資をしようと思ったのです。彼氏もおらず、実家暮らしだった私は、ここで何かを変えなくてはとも思っていました。

まず始めたのが、自分が大好きなガラス関係の仕事に就くために、何かガラス工芸を学ぶことでした。そこで、偶然ネットで見つけた日本人が経営するフランスのステンドグラス工房へ習いに行きました。暫く海外に出たいという気持ちと、どうぜ学ぶのなら本場が良いという考えでした。半年ほど、その工房でノウハウを習いました。しかし、そこで直ぐに仕事が見つかる訳でもなく、そのままヨーロッパを2か月間ほど旅して、色んな国を見て回り、働けそうな場所はないかと探しました。

そこで見つけたのが、チェコ共和国でした。チェコは、ヨーロッパの中央あたりに位置し、ヨーロッパを旅するには良い基点になります。しかも、西側では、私にとっては横柄に感じたヨーロッパ人の対応、例えば、お店のレジの人がつっけんどんだったり、レストランの接客が冷たいと感じた事なども、このチェコを境に東側、例えばハンガリーなども、人の対応が柔らかく、日本人に似たものを感じたのです。しかも、日本よりもやや物価が低く、滞在しやすいとも感じました。第一印象が良かったのです。

いつかチェコに戻ろうと心に決め、一旦日本へ戻り、ガラス関係の職場で働きました。その間に、どうすればチェコに戻れるかを考えました。

まずは、全くできないチェコ語を知ることが大切だと思いました。働くには必ず必要になります。日本で独学もしましたが、それでは上達も遅く、何よりも、そのまま日本にダラダラ残ってしまいそうな気がしました。それで、チェコに行って、語学教室に通うことを決めたのです。

何故か不安はありませんでした。2か月間のヨーロッパの旅で、行けば何とかなるという、変な自信がありました。

外国人として暮らす

自信はあったものの、ビザだけはしっかり取っていきました。フランス滞在中でも、ビザを延長しなくては、国から追い出されてしまうという、自分のやる気だけでは押し切れない、厳しい規則があるのは重々承知していました。

なので面倒が起きないように、語学学校を決め、学生ビザを取得しました。住む場所も、その学校の寮に決め、時間はかかりましたが、問題なくビザは発行されました。

そしてチェコへ渡航、住む場所も、学校も分かり一安心していた頃です。一つ、手続きを忘れていたのに気が付いたのです。

その国に入国してから3日以内に、外国人警察に提出しなくてはいけない書類があったのです。遅れて行ってみると、英語で話す私を全く無視、「チェコ語を話せる人を連れてこい!」の一点張りで、全く取り合ってくれませんでした。来て間もない私がチェコ語を話せる訳がないと、途方にくれて語学学校の先生に相談すると、なんと、一緒に通訳として付いてきてくれたのです。そして、無事届け出が完了しました。

そのまま放置していたら、国外追放されていたかもしれません。外国人として暮らすには、自分の日常の努力も必要ですが、それだけではなくて、法的に、そこに存在する理由と資格を求められ、様々な手続きを済ませなくてはいけないのです。

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チェコに住んでみて

チェコは、私にはとても住み良い国です。程よく緩い感じがするのです。

例えば、ちょくちょく電車が時間通りに来ません。でも、待っていれば来ますし、本気で文句を言う人も居ません。私は待つのが苦でないですし、それに、自分が遅れた時に、電車も遅れてきたお陰で乗れてラッキーだったりしました。お店の中で、子供がパンをかじっています。でも、親はレジできちんと申告して支払います。程よくゆるいのが保たれているのです。それが、私には魅力に感じました。

勿論、くじけそうな時もありました。「あなたの言っていることがわからない。」「それは知らない。」などと、冷たい対応を取られた時です。お店に行っても、役所に行っても、そういう返事がよく返ってきました。私が外国人だからだ、チェコ語が下手だから分かってもらえないのだと、落ち込んだことは数えきれない程あります。

ですが、少しチェコ語が上達し、周りで喋られているチェコ人同士の会話が理解できるようになってきた頃、同じような冷たい言葉が、普通に友達同士や親子の会話で交わされているのに気が付いたのです。チェコ人は、ものをハッキリ言うのです。日本語のようなオブラードに包まれた表現が、少ないのかも知れません。なので、日本人の私には、冷たく感じられたのです。それに気が付いてからは、私も、「あなたの言ってることが分からない。」「知らない。」と言っています。

単身でチェコに移住!人生を変えたくて海外に挑戦!

チェコに住みたいと思っている人へ

チェコは、首都プラハだけでなく、とても美しい歴史的な街並みが残っている国です。お城も沢山あります。ナポレオン戦争の、アウステルリッツの戦いの舞台も現在のチェコです。アールヌーボーで有名な画家、ミュシャの生まれ故郷もチェコで、晩年に描いたとても貴重な作品もチェコに残っています。有名な作曲家のひとり、アントニン ドヴォルジャークもチェコの人です。学校の理化で習ったメンデルの法則、このエンドウ豆で遺伝の研究をしたメンデルの仕事場も、チェコにあります。彼のエンドウ豆の畑も博物館として残っているのです。美術も音楽も学術も進んだ国だったのです。

そして、ビールやワインの美味しい産地であり、安くてお得です。チェコ人はたくさんビールを飲むので、飲むのが好きな人は、すぐに仲良くなれると思います。

住んでみて分かったのは、上に書いたように、程よい緩さがあって、それゆえ仕事よりもプライベート重視が許されることなどです。会社の仕事はさっさと終わらせて、早く家に帰って、家の仕事をする人も多いです。自分で何年もかけて、家を造っている人も居ます。改築したり、日本では業者に頼むような大掛かりな仕事を、自分たちでコツコツ行うのです。

バカンスもしっかり取ります。夏は海、冬はスキーに一週間は行きます。あまり休めなさそうなお医者さんでも、遠慮なく2週間連続で休んでいます。だからと言って、怠け者と言う訳ではなく、しっかり朝早くから働いて、早く会社を終わらせて、夕方からは出来るだけ家族との時間を作っているのです。

チェコのステンドグラス工房で見習いをしていた頃、「どうしてチェコにやって来たんだ?日本の方が、先進国だろう?」と不思議がる職人がいました。それを隣で聞いていたもう一人の職人が、「それは、人前でも思いっきり鼻がかめるからだよな!」と笑いながら言いました。そうなのです、チェコでは人前でも気にせず、思いっきり音をたてて鼻をかんでいます。

しかしそれも、私がチェコに住み着いてしまう理由でもあると思いました。人前で鼻がかめるこの国で、私はいつもスッキリしています。これは結構気持ち良いことです。鼻をかむ行為を例にとって、ジョークっぽく話していたのですが、確かにチェコでは、自分が良いと思う事を、人の目はあまり気にせず行動に移しているようです。これもチェコのお国柄なのではないでしょうか。

こんな国なので、肌に合う人と、合わない人が出てくるのだと思いますが、私のようにはまってしまったら、きっと、この国での暮らしは幸せです。

Hezky den!

ライター名 マミンカ

渡航した年 2006年
お住いの国 チェコ共和国
公用語 チェコ語
プロフィール 11年前、ステンドグラスに魅せられて、チェコの工房で働きたい一心で渡航し、教会ステンドグラスの修復などを学びました。今は5歳と3歳の男の子の母親です。みなさんに役立つチェコ情報を届けたいと思っています。